大牟田プロジェクト
豪雨災害で寸断された道を復旧
地域の日常の暮らしを守る

近年、日本では大規模な水害が毎年のように発生し、インフラにも甚大な被害が出ている。大日本ダイヤコンサルタントは新たな道路構造物の計画だけでなく、被災した道路の調査や復旧工事の設計に携わり、社会を支えている。本稿で取り上げる福岡県大牟田市の事例もそのひとつだ。

豪雨で寸断された道路の復旧を担う
 2020年7月上旬、日本付近に停滞する梅雨前線の活動が活発化し、九州地方は広い範囲で大雨となった。福岡県の最南端、熊本県との境に位置する大牟田市では、7月6日の14時から17時までの3時間に約250ミリという猛烈な雨に見舞われ、大雨特別警報が発令された。この雨で山間部を走る市道上内岩本線も甚大な被害を受け、あちこちで路面が崩落した。
 その復旧において調査と設計を担ったのがダイヤコンサルタント(当時)だ。主担当を務めた技術第2部防災設計室の福島剛は熊本県出身で、入社後しばらく広島に勤務したのち、九州に戻り15年以上にわたって道路設計や道路防災に携わっているベテランである。
 「日本の土砂災害のおよそ6割が九州で発生しています」と福島は語る。前線に加えて台風の進路になることがしばしばあるほか、普段は頑丈なものの水分量が増えると崩れやすくなる「シラス層」が南九州を中心に多く分布している等、特殊土が多く存在することもその一因だという。
被災時の様子。現地調査で収集した情報をもとに設計と提案を実施する。
被害状況を確認して市に報告
 大牟田市から依頼を受けた福島が、被災した現場を訪ねたのは豪雨の数日後のことだった。「市としてはまず被害状況を確認しなければなりません。そのため、被害が発生しそうな状況になれば、連絡があった場合に直ぐに動ける体制を整えておきます」と彼は説明する。そして、2~3人が1組となって、被災エリアに点在する現場へ向かう。
 その年度の新入社員で配属されたばかりだった齋藤真利も「どんなことをするのかよくわからないまま現場へ行きました」という。しかし、目的地への道路は寸断されているので、道なき道を通り抜けて行くしかない。「現場へ行くのが大変で、まるで登山みたいでした。入社する前は、まさかこんな仕事内容だとは想像がついていませんでしたね」と振り返る。
 この段階で調べるのは、被災の規模と範囲、そして必要となる測量や調査についてだ。これらの情報をまとめて1~2日で大牟田市に提出。併せてその後の工程について提案し、それが通れば復旧事業が本格的にスタートする。
調査と設計を迅速に
 市道上内岩本線の被災箇所のうち、ダイヤコンサルタントが調査と設計に携わったのはのべ13カ所。初めは8カ所だったが、市から追加で依頼を受けたという。「私たちチームのみんなで頑張ってスピード対応することができ、あと数箇所の対応は可能かという話になりました。大変でしたが、自分たちの実力が認められて嬉しいという思いもありました。会社の売上アップにもなりますし」と福島は笑う。
 対応したメンバーは設計担当と調査担当を合わせて7人。現場を訪れる際はほかの社員も応援に入ることもあるが、13カ所同時に進行するのは困難だ。通常は発災から1カ月半ほどで設計まで終わらせるのだが、「大牟田市の方も一度に処理はできないので、いくつかの組に分けて1週間ずつくらい納期をずらし、3カ月ほどかけて進めていきました」(福島)という。
業務の流れとしては、まず測量を手配、基本的に専門の会社に発注する。必要に応じてボーリング調査を実施するが、場所によっては二次災害の恐れもあるので、観測機器や警報装置を設置することもある。設計チームは現場では測量のディレクションを行い、必要なデータを収集していく。
 そして得られたデータに基づき、チーム内で手分けして図面を作成して、復旧にあたり適切な工法を大牟田市に提案する。考えられる工法はいくつもあるので、比較検討したうえで数案に絞って提示することになる。
 「このときは図面を描いたり、必要な資材の数量を算出したりしました」という齋藤は当時をこう語る。「とにかく目の前のことで必死でした。慣れていないので作業のスピードが遅くて、本当に終わるのかなと思うこともありました」
 また、せっかく設計をしても現場の地形が変わってしまうこともある。「豪雨で被災したところは、少し雨が降っただけで被害が広がってしまうのです」と福島は説明する。「すると測量からやり直しになるのですが、余程のことが無い限り基本的に納期は変わりません。他の案件もありましたし、かなりバタバタしましたね」
条件に合わせて適切な工法を提案
 13カ所の中でとりわけ被害が大きかったのが、大牟田市大字岩本の全長24.1mにおよぶ崩落だ。短時間に大量の雨が降ったことによって道路脇の盛土が圧力に耐えきれず崩壊し、道路と背後の斜面も巻き込んで大規模な崩落になった。
 そして、復旧の手段を検討するうえでも、いろいろと制約があった。まず、現場に至る道路が狭く、途中にはヘアピンカーブもあるので、大型の車両で機材を搬入することができない。また、道路用地として指定されているのが路肩から約2mの地点までなのに対し、道路と崩落部分の底との高低差は10m程度あり、その条件で安全な構造の擁壁を築かなければならなかった。
 そこで、大型の機材が不要で擁壁を直壁構造にできる3つの工法をピックアップし、その中で比較検討を行った結果、アンカー補強土壁(多数アンカー工法)を採用することになった。これは壁面と平行になるように多数のアンカープレートを設置する工法で、それによって盛土が補強される。また、安全かつ精度の高い施工が可能で、盛土には現地で発生した土を利用でき、経済性も良い。
 他の12カ所でも同様の検討がなされ、ベストと思われる手法を大牟田市に提案する。ここまでの工程を終えると、福島たちの任務はいったん完了となる。
 ただし、実はこれでお役御免というわけではない。「設計と実際に違いがあって、対応策の検討や提案、助言等を求められる場合もあります。」(福島)
壁面と並行にアンカーを設置し、盛土を補強、コンクリートで仕上げたメイン施工部分。
(左)ジオセル擁壁。軽量の資材に現地で土を詰めて使用することで輸送コストを削減できる。(右)植生シートを使用して、自然な斜面の景観を取り戻す。
自分の仕事が形となって後々まで残る
 チーム一丸となって駆け抜けた2020年の夏から3年が経ち、彼らが設計した市道上内岩本線はようやく工事が終わって、地域の人々のインフラとしての機能を取り戻した。
 新人だった齋藤も今は4年目で、設計のスキルもしだいに身についてきたという。彼女は自分のスマートフォンに仕事で訪問した場所のプロットを残していて、その数はどんどん増えてきている。「スマホで地図を見るだけでも、これだけ九州の人々の役に立ってきたんだなという感慨があります。自分のやったことが形になって後々まで残るのは、この仕事の大きな魅力です」と語る。
 施工は別の会社が行うので完成の瞬間を見届けることはできないが、復旧した道路の近くを訪れる際には足を延ばすこともある。「設計はしたけれどまだ工事中というところもたくさんあるので、完成するのが楽しみです」
 現在は長崎県対馬市にある法面の調査を担当している。「法面が崩壊し、土砂が堆積しているところが何カ所かあるので、近いうちに現地を調査して、対策を検討していきます」と語る姿には、頼もしさが感じられる。
安心・安全な地域づくりに貢献
 土木業界も、近年は技術の進歩が著しい。「この業界はずいぶん前から人材不足が課題になっていましたが、最近はドローンなどを利用して少ない人数でも成果を出せるようにシフトしつつあります。近いうちにAIを活用した画期的な技術も出てくるはずです」というのが福島の見解だ。「これまでのように人が動くことが前提という仕事のやり方が、少しずつ変わってきたように思います。実際、施工の現場では若い人たちがICTを使いこなして活躍する場面が増えているそうです。調査や設計も先進技術を積極的に取り入れていく必要があると思います」
 とはいえ、プロジェクトを動かすのが人であることは、いつの時代も変わらない。「安心・安全な地域づくりに貢献したいという気持ちのある方は、ぜひ当社に来ていただきたいですね」と福島は力強く語る。九州における災害復興の豊富な経験を、全国の他のエリアで参考とする事例も増えてきているという。こうした社員たちの思いがつながり、大日本ダイヤコンサルタントは全国各地のインフラをいつまでも支え続ける。
被災から3年、完成した道路。生活道路として再度利用できるようになった。